01| 十一世紀作「聖観音立像」(未公開秘仏)

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01| 十一世紀作「聖観音立像」(未公開秘仏)

聖観音立像​(平安時代)
総高(光背を含める)74.3cm、像高 68.0cm、頂一顎 15.0cm、面長 6.5cm、面奥 10.0cm、面幅9.5cm、肘張18.0cm、腹奥 10.5cm、裾張 15.5cm、木造菩薩形立像で右足をわずかに曲げて台座上に立つ。腰を左に捻り、上半身に条帛、下半身に裾を着け腰部で折り返す。天冠台は列弁帯、髷を結い下に紐一条が巡る。素髪とし、前面はまばら貼り。髪の毛(数)が両耳の中央を通る。耳不環。一木造、頭体を一材で、肘上で両手を/ぐ。両付先は後補。足先欠、左足先は後補。冠、冠繒後補・白毫欠台座・光背(後補)。白(切粉か)下地彩色。温和な作風。一木造で翻波式衣文が残るが、衣文の貼りは浅く 11 世紀頃の制作と考えられる。

 聖観音立像
ー地方仏師による域内最古の和様彫像ー

 「神童寺以外の山城町内の寺院にも多数の和様彫刻が残っている。そのうちでもっとも古い作品は、上狛小字艮町西福寺の聖観音立像(像高六八センチメートル)である。一木造で内刳うちぐりはなく、腰を少し左にひねって立つ像で、頭部が大きく相好が重厚なわりに、身体は細身で衣文線を簡略化し、両踵を裾からだして、軽快な姿になっている。衣文線にしのぎをつける古様があるが、十一世紀にこの地方で製作された仏像であろう。当初は肉身に漆箔を施していたと思われる(写92)。

 蟹満寺の釈迦如来坐像(像高八一・三センチメートル)は銅造釈迦像の後に安置されている客仏で、維新のさいに合併した三寺のうちの仏像であったと思われる。漆箔の一木造で、頭と胴の各背面に背板を当て、膝には浅い内刳うちぐりはなくを施した横材をいでいる。等身の一木造で、衣文線にしのぎがある古様を持っているが、相好は十二世紀風の繊細さを表している(写93)。この像も西福寺像についでこの地方で制作された仏像であろう。南山城には加茂町西明寺に永承二年(一〇四七)に制作された薬師如来像があり、その硬直したような一木造りに、本像の先駆的な地方様式をみとめることができる。」(『山城町史(本文編)』「第二章 原始・古代の展開 第六節 王朝時代の歴史と文化」山城町、1987。p.325)

わよう【和様】

日本在来の様式。日本風。日本流。〔建〕鎌倉時代の大仏様(天竺様)・禅宗様(唐様)建築に対し、奈良時代に中国から移入された系統の建築様式。蓮華王院本堂(三十三間堂)・興福寺東金堂などに見られる。書道で、御家(おいえ)流・定家流など、日本風の書体。⇔  唐様(『広辞苑』より